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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)2073号 判決 1960年8月01日

控訴人 伊集田フク 外一名

被控訴人 内田弘文 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中『原告らその余の請求を棄却する。』との部分を除き、その他の部分を廃棄する。被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人兼被控訴代理人内田弘文は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は、次に掲げるもののほか、原判決記載のとおりである。

控訴代理人は、「かりに本件賃貸借契約が被控訴人ら主張のとおり解除されたとしても、被控訴人は控訴人に対し昭和三四年一〇月一七日付内容証明郵便をもつて本件土地の地代金昭和二八年一一月一日以降同三四年九月末日までの分合計金一一七、一五〇円(一ケ月金一、六五〇円の割)の支払を請求した。これは従来の解除の意思表示を取り消す趣旨の申込と解せられるから控訴人はこれを承諾して同年同月二〇日付書留内容証明郵便をもつて右請求に係る金員を送付して弁済を了した。したがつて、本件土地賃貸借契約は依然継続している。」と述べ、被控訴人兼被控訴代理人内田弘文は、右主張事実に対し、「被控訴人内田弘文が控訴人ら主張のとおり内容証明郵便で地代の請求をしたことは認めるが、既に賃貸借契約が解除となつた後のもので無意味のものであり弘文はそのことを知りながら通知したのであるが、それは被控訴人らが和解の目的で被控訴人宅に来ることを期待する真意からである。しかも本件土地の共有者たる被控訴人芳夫の委任も受けずにしたものであり、法律上もとより無効なものである。被控訴人弘文は予期した結果が得られなかつたので、昭和三四年一〇月二五日送付された金一一七、一五〇円を被控訴人らに返送し、また同年一〇月三〇日付で水戸地方法務局に供託された右金員の供託通知書も同年一一月五日付書留郵便で被控訴人らに返送した。」と述べた。

被控訴人兼被控訴代理人内田弘文は、新たに甲第一九号証の一、二、第二〇号証の一ないし三、第二一号証、第二二号証の一、二、第二三号証の一ないし四、第二四号証の一、二、第二五号証の一、二、第二六号証の一、二、第二七号証、第二八号証の一ないし三、第二九号証の一ないし三、第三〇号証および第三一号証を提出し、当審証人内田仁江の証言および被控訴人本人内田弘文の尋問の結果を援用し、後記乙号証の成立はすべて認めると述べた。

控訴代理人は、新たに乙第二四号証の一、二、第二五号証の一ないし六、第二六号証の一、二、第二七ないし第三〇号証を提出し、当審証人田中保政、同和泉田たか、同大石千可良、同南川治子の証言および控訴人本人伊集田フクの尋問の結果を援用し、甲第一五号証の一、二および第一六号証の各成立は認めると原審における認否を訂正し、前記甲号証のうち第二六号証の一、二は不知、その余の甲号証はすべて成立を認めると述べた。

理由

一、被控訴人両名がその所有する原判決添付目録記載の土地を控訴人らの先代伊集田道行に対し建物所有の目的で賃貸したこと、道行は昭和二八年一月二八日死亡したため控訴人両名がその地上に道行が建築所有していた建物(原判添付目録記載)を相続により取得すると共に右の賃貸借契約を承継したこと、右承継当時賃料は一ケ月金一六五〇円に値上げせられていたことは、当事者間に争のないところである。

二、被控訴人は右賃貸借契約は被控訴人のした解除の意思表示により消滅したと主張するのでこの点について調査するに、先づ被控訴人が第一次に主張する解除の意思表示は昭和二九年二月二〇日附で翌日控訴人フクに到達した書面による解除である。しかしこの意思表示は弘文からフクに対してしたものであることは被控訴人みずから主張するところであり甲第六号証でもそのように認められる。すなわち賃貸人両名から賃借人両名に対してしたものでないからこの解除の意思表示はその催告内容を検討する迄もなく効力を生じないことは明らかである。

三、次に被控訴人は昭和三〇年二月九日附でした解除の通告により契約は終了したと主張する。そして翌日その解除の意思表示が控訴人らに到達したことは控訴人の認めるところであるがこの解除の意思表示は被控訴人弘文がしたものであることは被控訴人自身の主張するところで甲第五号証でもそのようになつていることが認められる。すなわち賃貸人の一人である芳夫の意思表示がないのであるからこれまた前記と同様の理由でその解除の効力を持たないものと云わなければならない。

四、被控訴人は被控訴人両名は控訴人両名に対して昭和三二年四月一三日の書面をもつて昭和三一年三月分の賃料残金三〇五〇円と同年四月一日以降昭和三二年三月末日迄の月五五〇〇円宛の賃料を同年四月一七日迄に支払うべく催告すると共に右期日迄に支払わないときは賃貸借契約を解除する旨条件附の解除の意思表示をしその書面は同年四月一四日控訴人らに到達したのに控訴人等は催告期間内に延滞賃料を支払わなかつたから解除となつた旨主張し、右の内容の書面がそのように到達したことは控訴人らも認めるところである。問題は催告せられた賃料の延滞があつたか否かである。

甲第八号証の一、二の控訴人等の住所、氏名、捺印の部分の真正に成立したことは控訴人の認めるところである。この事実と原審証人石川佳似の証言および被控訴人内田弘文の原審および当審での供述、成立に争のない乙第三号証、甲第六号証の一、二を綜合すると次のように認められる。すなわち、控訴人の先代死亡以後控訴人らは地代を延滞したし諸物価の高騰、固定資産税の引上等の事情があつて被控訴人は本件地代月一六五〇円を値上げしたいと考え、弘文は昭和二九年二月二一日到達の書面をもつてフクに対し地代を月額五五〇〇円に値上げする旨通知した。(これにより直ちに五五〇〇円に定まつたものとは認定できない。)その後数日を経た後弘文は事務員の石川佳似を伴いフク方を訪ね値上げと地代の請求をしたところ、フクは手元不如意を訴え本件地上の建物の賃借人である田中保政がフクに家賃を支払わない旨を述べたので、弘文は田中から家賃を取立ててそれをもつて地代に充てることを提案した結果、フクも了承し本件借地の地代を昭和二八年四月一日に遡つて月五五〇〇円に値上げすることを承諾し、その支払に充てるため田中から家賃を取立てることを弁護士である弘文に依頼した。そこで弘文は持ち合せていた訴訟用の委任状用紙を利用して右趣旨の甲第八号証の一、二の本文を口述して石川をして記入せしめ、これに控訴人らの署名を求めたところ、当日は控訴人実が不在のため後日同人にも説明して署名すると答え、その後同年三月一日控訴人両名が右甲第八号証の一、二に署名捺印して被控訴人弘文に渡した。そこで弘文は三月一日田中保政から二万二千円を受取り、これを昭和二八年一一月から昭和二九年二月分迄の四ケ月の地代に充当した。このように認められる。証人田中保政、大石千可良、南川治子の証言および控訴人フクの供述中右認定に反する部分は採用しない。

右認定するところによれば控訴人両名は昭和二八年四月一日以降の地代を月五五〇〇円に値上げすることを承諾したものと認めざるを得ない。しかして被控訴人のした前記昭和三二年四月一三日附の催告にかゝる昭和三一年三月分の残額三〇五〇円と同年四月一日以降月五五〇〇円宛の地代を控訴人が支払つた証拠はないのであるから、右催告と共にした解除の意思表示は昭和三二年四月一七日の経過により効力を生じたものと認められる。

五、控訴人らは昭和三四年一〇月一七日附の被控訴人らの書面で被控訴人らは解除の意思表示を取消す旨の申込をし、控訴人がこれを承諾したと主張する。しかして右書面をもつて被控訴人が昭和二八年一一月一日以降昭和三四年九月末日迄の地代の支払を請求した事実は被控訴人の認めるところである。成立に争のない乙第二四号証の一によれば被控訴人両名は右のような賃料を同年一〇月二二日迄に支払うべきことを催告すると共に若しその日迄に支払なきときは賃貸借を解除する旨を表示していることが認められる。しかしその文面を検討しても先になした解除の効果を撤回する趣旨は全く認められないし、既に解除が効力を生じたとして本訴で争つて来ているのであるから、この争訟の経過からしても先に生じた解除の効果を消滅せしめる申込を控訴人らに対してしているものとは考えられない。

よつてこの書面を捕えて先にした解除の意思表示の取消の申込であるとする控訴人の主張は採用できない。

六、されば被控訴人が本件建物の収去ならびに本件土地の明渡を求めかつ昭和三一年三月分残額三〇五〇円と同年四月一日以降右解除の日迄の約定賃料および解除以後の明渡迄賃料相当の損害金を求めるのに正当である。この範囲で被控訴人の請求を認容した原判決に対する控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 角村克己 菊地庚子三 吉田良正)

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